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大阪高等裁判所 平成5年(ネ)1891号 判決 1994年4月15日

兵庫県三木市本町二丁目三番二号

控訴人

田中弘道

右訴訟代理人弁護士

久保田寿一

兵庫県三木市末広三丁目二番一一号

被控訴人

久保田工業株式会社

右代表者代表取締役

久保田義孝

右訴訟代理人弁護士

牛田利治

白波瀬文夫

岩谷敏昭

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は、

「原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は控訴人に対し、一八九九万円及び内金二二五万円に対する昭和五九年八月二九日から、内金七五六万円に対する昭和六一年一二月一六日から、内金九一八万円に対する平成二年五月八日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。」

との判決並びに仮執行宣言を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、原判決六枚目裏八行目から七枚目表三行目までと、二二枚目裏末行から二三枚目表六行目までを削り、控訴人が「本訴請求は、本件意匠に係る意匠権(本件意匠権)に基づくほか、本件類似意匠に係る意匠権に基づくものも含まれる。類似意匠に係る意匠権も、独自の権利範囲を持つ。」と述べ、被控訴人が、「類似意匠の制度は、本意匠の権利範囲を確認するために設けられたものにすぎない。」と述べたほか、原判決が示しているとおりである。

理由

一  控訴人が本件意匠に係る意匠権(本件意匠権)を有していたこと、本件類似意匠の意匠登録を得ていたことは当事者間に争いがなく、被控訴人が、控訴人主張の期間、イ号意匠及びロ号意匠に係るのこぎりを製造、販売していたことも当事者間に争いがない。

二  甲第一三号証によれば、被控訴人は、本件意匠が意匠法二条一項三号に該当することを意匠登録無効事由の一つとして本件意匠の無効審判請求を特許庁にしたが、昭和六三年八月二五日、他に主張された無効事由も含め、すべて成り立たないとの審決があったことが認められる。この審判請求で被控訴人が引用した公知意匠は、本訴の書証番号でいうと、乙第一号証に表された意匠(近江産業(株)が被控訴人に納入した把手を使用して被控訴人が製造したのこぎりの意匠。審決の別紙第三)、乙第一七号証のカタログに記載された意匠の一つ(山口金属(株)が製造したのこぎりの意匠。審決の別紙第五)、乙第一八号証のカタログに表された意匠の一つ((株)山萬製作所が製造したのこぎりの意匠。審決の別紙第六)及び乙第一九号証のカタログに表されたのこぎりの意匠(関西洋鋸(株)が製造したのこぎりの意匠。審決の別紙第四)であったが、審決は、握り柄の外郭形態において、本件意匠は略「へ」の字の態様としており、本件類似意匠は「へ」の字の態様を基本とした弧状をもって形成している、すなわち、「へ」の字における頂点部若しくは頂点部に相当する位置は、本件意匠及び本件類似意匠は略同じであって、屈折の態様において、両意匠は略共通している、とし、この共通点を被控訴人引用の前記四つの意匠は有していないとし、その他、本件意匠及び本件類似意匠において共通に有する貫通孔を、右の四つの公知意匠は有していない点、その他、握り柄における全体的な形態の差異点を踏まえて、本件意匠及び本件類似意匠は、被控訴人引用の四つの意匠に類似するものではないと認定した(なお、審決では、引用意匠が本件意匠登録出願前に公知であったことの認定は留保されている)。

乙第一七~第一九号証に表された意匠が本件意匠登録出願前に公知であったかについては直ちに認定することができないが、少なくとも乙第一号証に表された意匠が、本件意匠の意匠登録出願前の昭和四四年に公知となっていた事実は認められる。この公知意匠によれば、全体としてピストル形状を有するのこぎりが公知であったものということができる。そして、乙第二、第三、第六、第七号証(一九三五年から一九四九年にかけての米国特許公報)によれば、握り部に開孔部を設けたピストル形状ののこぎりも公知であったことが認められる。

三  右に認定した公知意匠を前提にし、かつ、類似意匠は本意匠にのみ類似する場合にのみ意匠登録が許されることを踏まえて、本件意匠及び本件類似意匠の要部を認定すると、次のとおりである。

(1)  本件意匠及び本件類似意匠は、先端側に刃部を、手元側に握り部を設けたピストル形状であり、握り部の手元寄りに外側線に沿うようにして、比較的大きな開孔部が設けられている。

(2)  本件意匠の握り部の上の線は、刃部の背中線から伸びる線が延長し、肩部の位置で折れ曲がる形で、「へ」の字状に延長線が下がっている。握り部の下の線は、刃部の腹の線(刃先の線)よりもやや下の位置で手元側に延長し、右の肩部にほぼ対応する位置で折れ曲がる形にて延長線が下がっている。本件意匠の握り部は、直線状に膨らむ形となって明らかに手元側(意匠公報の図面でいうと、右下方向)に伸びているという印象を与える。

(3)  本件類似意匠の握り部の上の線は、刃部の背中線から伸びる線が延長し、肩部の位置で、なだらかで曲線状ながらも「へ」の字状に延長線が下がっている。握り部の下の線は、刃部の腹の線(刃先の線)よりもやや下の位置で手元側に延長し、右の肩部にほぼ対応する位置で曲線状に延長線が下がっている。本件類似意匠の握り部は、緩やかな曲線状に膨らむ形となって明らかに手元側(意匠公報の図面でいうと、右下方向)に伸びているという印象を与える。

四  これを前提にし、かつ、前記公知意匠を前提にすると、ピストル形状ののこぎりにおいて外側線に沿った形状の開孔部を設け、かつ、握り部の背中線が「へ」の字状となっている点、及び、握り部が更に手元側に膨らむ形となって向かっているという印象を与える点が、本件意匠と本件類似意匠との類似点であり、かつ、本件意匠及び本件類似意匠の要部であると認められる。本件類似意匠にあっては、背中線の延長線と腹部線の延長線の合流点付近において下向きに鋭角となっており、この部分だけをみると手元側(右下方向)に向かっているというよりも下側に向かっているかのような印象となるが、背中線の延長と腹部線の延長線の両者を合わせて見る印象は、明らかに手元側(右下方向)に向かう印象となっていると認められる。すなわち、本件意匠及び本件類似意匠とも、握り部は「へ」の字状の形態であり、少なくともこの形態を超えるものではない。

五  これに対し、イ号意匠の握り部の背中線は、刃部の背中線のほぼ延長線となって握り部の水平方向のほぼ中央部において「へ」の字状の頂点を形成することなくなだらかに下降を始めて曲線となっており、握り部の下の線は、刃部の腹部のほぼ延長線が、握り部の水平方向のほぼ三分の一の位置の辺りでなだらかに下方曲線となり、背中線の延長線とは、手元方向ではなく、やや刃先方向に向くような形で、鋭角をなして合流している。この形態はロ号意匠においても同様である。

イ号意匠では、握り部に、外側線に沿った形で開孔部が設けられているが、ロ号意匠においては、開孔部はなく、その位置に、イ号意匠の開孔部と同一形状の凹部を設け、その中の下部に吊下げ用の小さな開孔を設けている。イ号意匠及びロ号意匠では、背中線と腹部線の合流点の右形状が、のこぎりを引く際に、手指を強く締めないでも滑らずに済み、二本程度の指を握り部の腹にあてがうだけでのこぎりを操作できるような印象を与え、のこぎりの技術的形態からみて特徴的な美感を与える。そして、背中線に「へ」の字状の頂点がなく、刃部を取り付けている部分(二個の止め金がある部分)の握り部は、刃部の幅を超えるものではなく、この部分が握り部の水平方向の長さの約三分の一を占めていることからすると、イ号意匠とロ号意匠の握り部は、本件意匠及び本件類似意匠に比べて、細身の印象を与えている。イ号意匠及びロ号意匠は、いわば、「J」の字を横にし、あるいは雨傘の柄の部分の形態のごとき印象を与えるものである。

そうすると、イ号意匠及びロ号意匠は、本件意匠及び本件類似意匠の要部であるところの、「へ」の字状の背中線を有さず、また、手元方向への伸長の印象を明らかに有さず、更には、細身の印象を与える握り部を有するものとして、本件意匠及び本件類似意匠とは異なった美感を与えるものというべきである。したがって、イ号意匠及びロ号意匠は、本件意匠にも本件類似意匠にも類似するものと認めることはできない。

なお、控訴人は、別紙の意匠を、本件意匠権とは別個に意匠登録出願したが(昭和六一年六月三日)、特許庁は、右出願に係る意匠は本件類似意匠に類似するとの拒絶理由通知をしたことが認められる(昭和六二年一〇月一六日発送)(甲第一〇号証の一、二)。控訴人は、この意匠はロ号意匠とほぼ同一であることを理由に、特許庁の見解によれば、ロ号意匠は、本件類似意匠に類似することになると主張する。しかしながら、侵害訴訟の当裁判所が特許庁のこの判断に拘束されるものではないし、別紙の意匠の握り部は「J」の字状の形態にまで至っておらず、刃先側と反対側は手元方向に伸長している印象となっている点で、ロ号意匠と美感を異にするものであるから、別紙の意匠が本件類似意匠に類似するからといって、ロ号意匠が本件類似意匠に類似するということにはならない。控訴人の右主張は採用することができない。

六  したがって、その余の点を判断するまでもなく、控訴人の本訴請求は理由がない。控訴人の請求を棄却した部分の取消しを求めて原判決の変更を求める本件控訴は理由がない。また、イ号意匠が本件意匠に類似するものとして控訴人の本訴請求を一部認容した原判決部分は不当であるが、被控訴人からの控訴ないし附帯控訴はないので、不利益変更禁止の原則により、この原判決部分はそのまま維持するほかはない。

控訴費用の負担につき、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 潮久郎 裁判官 山﨑杲 裁判官 塩月秀平)

拒絶理由通知のあった控訴人の出願意匠

<省略>

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